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1.はじめに
 2010年は、夏に瀬戸内国際芸術祭が開催されることもあり、香川の漆がとても気になりました。そこで、春にこんぴら山と香川県漆芸研究所に、夏に瀬戸内海の男木島にある漆の家にでかけました。
 今回は、そのときに気付いた讃岐漆芸の魅力をお伝えしたいと思います。
2.金比羅宮
 2010年4月、香川の金比羅宮の木地蒔絵を見に行きました。明治時代に、東京の漆職人さんによって桜の木地蒔絵が施された本宮の拝殿、幣殿、本殿の天井は、2004年に輪島の漆職人さんによって修復されています。拝殿にて、丸文意匠の満開の桜がお花見できました。
 普通、蒔絵は、漆を何回も塗って、漆が滲みにくい塗面が出来上がった上に施します。しかし木地蒔絵は、板に直接、模様の部分に漆を盛り上げて絵を描きます。このため板地に漆が滲みやすく、滲まないようにするには高度な技術が必要です。ここでは、砥の粉と水を練り合わせて漆を約20%加えた錆で、模様の輪郭を先に描き、その後の塗り漆が木地に滲まないように工夫されていました。とくにこれを極錆(きわさび)というようです。
 桜の幹や枝はレリーフ状に盛り上げた金の高蒔絵でした。花びらはプラチナの薄箔で仕上げてあり、薄暗い天井にきらきら輝き、見事でした。
拝殿天井のきらめく満開の桜

 本殿は、神主さんしか近寄れない神聖な場所です。その本殿の外壁は遠目から見ることができ、明治に作られた豪華な桜の大木の蒔絵で飾られています。花びらは銀の薄箔で、錆びて黒ずんでしまってはいますが、幹は金地の高蒔絵で金の切金も使われており、とても豪華なものでした。
 本殿左右の外壁は、遠くにありすぎて、せっかくのこしらえを見ていない人がたくさんいて、もったいないなと思いました。

本殿の左壁の桜の蒔絵
本殿の右壁の桜の蒔絵
 
 金刀比羅宮は山の中腹に建てられており、表参道から石段が785段(786[なやむ=悩む]より1段少ない)で、階段を登るのが大変でした。奥社は、拝殿や本殿よりさらに倍ほどの石段(全1368段、残り583段)を登らねばならず、登山入口を眺めて、登った気分で下山しました。
左から:表参道から石段の初め。やっと着いた中腹の拝殿。登山した気分の奥社入口
 
3.讃岐漆芸
 こんぴら山を下山したあと、讃岐漆芸を護り伝える香川県漆芸研究所を訪問しました。隣に名物の讃岐うどん屋さんがあって、先に腹ごしらえをしました。
研究所玄関の立派な看板と併設の展示ホールにあった漆の木

 真新しい建物と設備の研究所は、2009年に高松工芸高校の敷地内から現地に移転しました。教室を覗くと、学生達が使っている作業スペースがとても広々と機能的になっていました。

学生達の教室と漆を乾かす為の真新しい漆風呂(ほしい!)

 香川の漆芸の特徴といえば、色の鮮やかさと、彫りによる立体的な奥行きの美しさがあげられます。
 讃岐漆芸の3大技法は、漆面に文様を彫り込んで色漆を埋め、平らに研ぎ出す「蒟醤(きんま)」、色漆で模様を書き、細部に線彫りを施して、文様を引き立てる「存星(ぞんせい)」色々な色漆を数十回から数百回塗り重ねて厚みを出し、色漆の層を彫り下げることによって文様を浮き彫りにする「彫漆(ちょうしつ)」があります。

彫漆の練習風景
 
 讃岐漆芸の技法は、中国南方や東南アジアの技法が伝わり、香川で発展したものです。
 私は以前、東南アジアのタイに留学する機会があり、2003年から2005年まで、タイのチェンマイに住んでいました。チェンマイは漆器の産地で、竹を素地とした籃胎(らんたい)漆器や蒟醤が盛んでした。蒟醤の語源はタイ語の「キン・マーク」からきています。キン=食べる、マーク=びんろうの実という意味です。嗜好品であるびんろうの実を入れる容器に、蒟醤が施されていたことに由来しているといわれています。
讃岐漆芸の源流ともいえる、東南アジアの籃胎漆器の胎作りと蒟醤の作業

 柔らかな籃胎漆器のフォルムと質感、彫漆と蒟醤の抜群のあざやかな色の組み合わせは、明るい瀬戸内の風土にぴったりだと思います。
 研究所を出るとき、玄関先で修了生の作品を展示販売しているミニギャラリーがあり、讃岐漆芸の魅力である色の組み合わせの美しさに、思わずペンダントを購入しました。お気に入りの一品です。

左から:修了生による蒟醤と彫漆、お土産に買った讃岐漆ペンダント
 
4.漆の家プロジェクト
 2010年8月、瀬戸内国際芸術祭に行ってきました。事前に芸術祭のガイドブックを5、6冊購入し、鑑賞ルートとなる旅程を決めたのですが、男木島の「漆の家プロジェクト」については、どの本にも内容紹介が全くなく、是非観なければ——というとても強い気持ちが沸き起こりました。
 直島で宿泊し、女木島を訪問したあと、14時半頃に男木島に到着しました。男木島の集落は海沿いの急斜面に密集しており、その中腹に目的の「漆の家」があります。夏の日射しの中、他の芸術作品を観つつ、汗だくになって漆の家に向かいました。
左から:フェリーからの男木島集落全景。漆の家の玄関先。
軒下には漆の家プロジェクトのロゴマーク
 
 漆の家プロジェクトとは、讃岐漆芸家の大谷早人さんの実家2室を、芸術祭に合わせて黒漆と白漆の部屋に改装したものです。部屋の小屋組は2室続きになり、茶色の生漆で和紙の質感を活かした仕上げになっていました。
漆で改装した2室の入口。左が黒漆、右が白漆の部屋
 

 黒漆の部屋の中に入ると、星がきらめく夜空のように、青や緑や白の彫漆が施されていました。彫漆時の研ぎ出しにて、一般の人々に研ぎ体験をしてもらった箇所もあり、漆を身近にしていく姿勢が伝わりました。

黒漆の部屋。茶色の小屋組が生漆、壁面のきらめく星に見えるのは彫漆
 

 黒漆の部屋と隣接して白漆の部屋があります。漆に酸化チタンを混ぜて白に発色させた白漆は、淡いベージュに近い色合いになります。壁だけでなく床まで白漆が塗られており、足裏からも漆の質感を感じることができます。

黒漆の部屋に隣接する白漆の部屋。床まで白漆で仕上られ、靴を脱いで上がる
 

 白漆の部屋の押し入れの壁部分は、白から朱の8段階のグラデーションの漆を使った網代(あじろ)で仕上げられていました。通常、網代編みは竹を使います。しかし今回は幅の広い竹がないことから、テープ状にした木を使って編んでいます。左側の壁は「開き網代」と「閉じ網代」の模様、右側の壁は「波網代」の模様になっています。

左壁の「閉じ網代」と「開き網代」。右壁の8段階グラデーションの漆を使った「波網代」
 

 中庭を挟んだ母屋は、休憩所になっています。大谷さんの実姉にあたるおばあちゃんが応対して下さり、お茶や珈琲などが有料で頂けました。部屋のあちこちに、漆を使った建具や作品が置かれ、奥の部屋には、漆の家プロジェクトの仕事に使われている漆風呂がありました。

おばあちゃんと母屋の黒漆で仕上げられたふすま。奥の部屋の漆風呂と中庭先に見える黒漆の部屋の入口
 

 漆の家プロジェクト関係者である伝統工芸士の佐々木さんより、芸術祭が終わった後も、漆の家プロジェクトを続ける予定で活動していること、漆の家が完成するにはあと数年かかること、完成後は宿泊施設にしてみんなに活用してもらいたいこと、漆風呂の中にその時の接客で使おうと考えているたくさんの漆の座卓が制作途中であること等、じっくり話を伺うことができました。
 また、輪島塗と比べ、讃岐漆器の知名度があまり高くないことについて、興味深いことをおっしゃっていました。現在、讃岐漆芸では、蒟醤、彫漆、存星、後藤塗、象谷(ぞうこく)塗の5技法で作られた漆器が、伝統工芸品に指定されています。一方、輪島塗は技法ではなく、輪島で作られた全ての漆器が伝統工芸品とされます。讃岐漆器は5技法以外の作品もたくさん作られていますが、「讃岐漆器」というブランドを冠することができないということでした。

お話を伺った伝統工芸士の佐々木さん。漆風呂の中の制作途中の座卓
 

 夢中でお話を伺っているうちに、16時半すぎになりました。佐々木さんや他の皆さんが高松への最終便のフェリーに間に合うよう、急ぎ帰り支度が始まり、私も慌てて港へ向かわねばならないことに気がつきました。急な坂道を転がるようにして、港へ向かい、帰路につきました。

 
5.おわりに
 春に桜、夏に海、讃岐漆で季節の旬を思う存分楽しめました。香川に行かれた際は、うどんだけでなく、讃岐漆芸の美しさも楽しんでほしいものです。
こんぴら山の満開の八重桜と夕暮れの瀬戸内海