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1.はじめに
 2010年秋、福島県会津で「会津・漆の芸術祭」が開催されました。会津若松市、喜多方市、三島町、昭和村の各市町村にある様々な商店の店先等を展示会場にして、漆工作家さんや職人さん達の漆作品が展示されました。約50会場に、約100組の作品が飾られ、各町々をにぎわせました。私も招待作家として作品を展示し、11月下旬に会津を訪問しました。今回は、会津漆の魅力をレポートします。
2.会津の赤べこ
 京都から東京で1泊し、翌朝、東京駅から東北新幹線を利用して福島県の郡山駅で乗り換え、会津若松市にはお昼遅くに到着しました。移動時間が長かったせいか、車窓の風景が都会の街並みから、すすきが風に揺れる秋の自然に移り変わり、とても遠くに来たなあ、と感じました。
磐梯線の車窓から見るすすき
会津若松駅の赤べこと赤べこの改札

 郡山駅から会津行きのホームや電車、また、会津若松駅には、「赤べこ」がたくさんいました。少し間の抜けた顔を振り振りして、よく来たねえ、と歓迎してくれました。ホテルに荷物を預けて、さっそくホテル近くにあるレトロなカフェに展示されている私の作品《べこちゃん》を訪れました。《べこちゃん》は、今回の芸術祭に招待依頼され、会津の赤べこをモチーフに制作した作品です。「いらっしゃいませ」のポーズで、お客さまをお出迎えしています。
展示会場の紀州屋さん(bus cafe)にて、《べこちゃん》展示の様子と筆者
 
3.会津の木地師さんの工房訪問
 会津短期大学の井波先生の紹介で、木地師の三浦圭一さんの工房を訪問しました。三浦さんは、4代目にあたり、先代がよい木材を求めて、東京から会津に移住されたそうです。工房には「荒取り」された木地が、大量にストックされていました。三浦さんは鉢やお盆などの大きな「丸もの」を得意とされ、直径1mのものまで挽くことができるそうです。もちろんお椀やカップなどの小物も製作されています。三浦さんの使われる木の種類はトチが多く、トチは赤味の少ないものが良いそうです。トチは変形しやすいので、反りやねじれがでにくい「縦取り」で、材は荒取りしているとのことでした。
 木地の加工には、ろくろが使われ、たくさんのかんな(削り刃)を自在に交換しながら作業されていました。工具の刃先の形状や大きさが、木地の出来映えに大きく影響するようで、ご自身で金物鍛冶もして、工具や削り刃を自作されています。一人前の木地師になるには、材木の加工技術だけでなく、良い材木の目利きや金物鍛冶の技術も大切、と教えられました。
 ろくろ木地加工のことは「挽く」といい、挽いてできた木地を「挽きもの」といいます。ちなみに板でできた木地は「板もの」、木を刳りぬいてできた木地は「刳りもの」、薄い板を曲げてできた木地は「曲げもの」といいます。
お椀を挽く三浦さん
 
両刃かんな、片刃かんな、平かんな

 木地は、加工してから長い間、乾燥させます。未乾燥の木地に塗装していくと、木地の乾燥変形で、塗面にひび割れやふくれの不具合が出やすく、塗りが失敗しやすくなったり、割れを生じたりします。大量にストックしている荒取りした木地は、三浦さん曰く、いろんなサイズや量の注文が入った時にすぐに引き渡すことができることと、気に入った材木がいつも市場で売られているとは限らないため、良い材にであったその時々に買い付けているとのことでした。
 ストックのための買い付けには現金が必要ですが、現在、てんてこ舞いになるほどの仕事はなく、なかなか大変とのことでした。そのため、三浦さんは、数十年前から漆塗り技術も身に付けられ、ご自身で挽いた木地に漆塗りをし、出来上がった漆工芸品をご自宅で販売されていました。5代目もいらっしゃるとのことで、今後の会津の木地師の伝統を発展させていく職人ご一家だと思いました。
三浦さんが木地から塗りまで行った漆器と、荒取りした鉢の木地のストック
 
4.会津の漆の樹と会津塗り
 私が勤務している京都市立芸術大学(京芸)の漆工棟の前庭と裏庭に、漆の樹が植えられています。表庭に植えられているのが京都産、裏庭のほうが会津産の漆の樹でした。そのこともあって、会津産漆の樹のルーツを訪ねようと、会津で漆の樹を見に行きました。
「はるなか」の漆植樹林

 福島県喜多方市慶徳町新宮にある新宮熊野神社から、車で10分ほどの喜多方市川前に、NPO法人「はるなか」の漆植栽地「柳澤肇記念 漆の森」があります。「はるなか」とは、江戸時代後期に会津の地場産業や特産品を再興した会津松平藩家老の田中玄宰(はるなか)から名付けられています。「はるなか」は、市民参加型のスタイルで、会津を桜の名勝観光地にしていく活動とともに、会津伝統文化となる会津塗りの漆や、会津木綿や藍染の保護育成に取り組み、また、自然環境や地域活性化の草の根運動を行って、これからの会津発展に尽くしている会のようです。
 植樹されていた漆の樹は、茨城県大子の漆の苗木と会津の漆の苗木でした。大子町の漆の樹は根から生えてくる、ひこばえを使い、会津の漆の樹は漆の実から発芽させた苗を使っているそうです。現時点では大子町のひこばえを使った漆の樹の方が生育が早かったのですが、どちらも今後の成長が楽しみです。

左側は茨城県大子の漆の苗木、右側は会津の漆の苗木。ずいぶん成長しています。
 
 会津の漆は、室町時代の芦名盛信の治世に、漆の樹の植樹を振興したのがはじまりのようです。その後、安土桃山時代の蒲生氏郷の治世に、氏郷の出生地である滋賀県近江の日野から日野椀の木地師や塗師を呼び寄せたことがきっかけで、漆の栽培から加飾まで行う漆器産地になりました。そして、江戸時代中期には、多様な塗り技法のある会津塗りとして大きく発展しました。会津塗りは、ホオノキ、トチ、ケヤキなどを木地にして、縁起の良い意匠で、多彩な蒔絵や沈金を施した日用品が多いようです。技法には、木地呂塗、鉄錆塗、金虫喰塗、花塗などがあります。
 漆器製品は、塗りの原料の漆が大量に必要です。その供給元となる漆の樹は、会津藩のときに行われていた保護制度が明治時代になると無くなり、栽培が急速に衰退しました。現在、「会津漆」の生産はごくごく微量で、ほとんど外国産漆に頼っています。このような背景があって、自給自足によるこれからの会津塗りの発展のために、「はるなか」の市民参加型による漆の樹の植樹活動が行われています。  

 会津若松市内には、天保3年(1832年)創業の「鈴善漆器店」があります。その店舗の隣に、1980年7月、木工や漆器等の地場産業の発展に貢献した先代鈴善の鈴木善九郎氏をたたえて、漆工具類の保存と展示を行う「陳列所」を開所し、その陳列所の前の通りを、「髹の辻(ぬりのつじ)」と名付けています。「髹」はキュウと音読し、漆塗りや漆を物に塗ることの意味があり、髹漆(キュウシツ)としてよく用いられています。

鈴善漆器店の土蔵と陳列所と髹の辻。

 現在の会津塗りには、いろんな技術が取り入れられています。
福島県ハイテクプラザと会津若松技術支援センターでは、漆を主原料に、陶土やパルプなどを加えた「漆粘土」や、天然漆に有機ケイ素化合物を添加し、紫外線で化学反応を促進させ、速乾性や耐候性を向上させた「会津色譜漆」なども実用化されています。

 
5. 会津の絵蝋燭(えろうそく)
 会津では室町時代からの漆の樹の栽培により、幹の樹液から生漆(きうるし)だけではなく、漆の実から最上質の白い蝋(ろう)が採取できました。このため、江戸時代には、会津塗りとともに、美しい絵柄を施した蝋燭、いわゆる絵蝋燭が名産品の一つになりました。しかし、明治時代以降、漆の樹の減少により漆の実の採取も困難となり、代わりに、同じ漆科のハゼの実が使われるようになりました。写真は、絵蝋燭屋の「ほしばん」さんのところに残っていた、明治時代に製作された貴重な漆の実の絵蝋燭です。
 左:現在のハゼの実から作った絵蝋燭
 右:明治時代の漆の実から作った絵蝋燭

 漆の実から蝋をとるには、蒸した漆の実を麻袋にいれて、「ドウ(胴)」と呼ばれる絞り機で絞ります。その後、「蝋かけ舟」と呼ばれる容器の上で、必要な太さになるまで芯の周りに何度も蝋をかけていきます。
漆の実を絞る「ドウ(胴)」
 
蝋かけ舟

 会津では、昭和30年代前半まで漆蝋の生産が行われていて、日本で最後の漆蝋生産地となりました。京芸の漆の樹も、毎年、漆の実をたくさんつけるので、いつか漆蝋を採ってみたいと思っています。

 
6. 会津・漆の芸術祭の様子
 会津若松市では、芸術祭の会期中、福島県立博物館では、縄文時代の出土品から現代の漆作品まで展示され、さすが博物館の展示だと思いました。遺跡出土品から現代の作品までを年代ごとに区分した展示は、かつてない展示方法だったので、とても興味深く鑑賞することができました。町中では古い蔵や古民家を利用した展示が、漆の質感とぴったりで、とても良かったです。
福島県立博物館での
現代作品の展示
 
会津若松市の七日町の
会津色譜漆を使った作品

 喜多方市では、大和川酒造での展示が印象的でした。老舗の造り酒屋では、かつて酒造に使われた仕込み桶の蓋が、机などに使われていることに着目し、蓋を石膏で型どりして、乾漆技法で仕上げられていました。蓋の板に刻まれた、お酒の記憶を写しとった作品で、型どりの意味を考えさせられました。

大和川酒造、仕込み桶の蓋の机
仕込み桶の蓋を石膏で型をとって、その型をもとに乾漆技法で制作した作品

 展示会場がかなり多いため、見て廻るのがとても大変でした。最初は街中の観光を兼ねてじっくり拝見していましたが、そのうち、スタンプラリーのように、少し雑で素早い見学になってしまいました。芸術は、ゆとりが必要と感じました。見廻りに利用した市中の巡回バスの降車ボタンには、会津塗りが施されていて妙に豪華だったのが印象的でした。

巡回バスの漆塗りの降車ボタン
 
7.おわりに
 「会津・漆の芸術祭」には、漆工芸作家さんだけでなく、地元の漆職人さん達の作品もたくさん展示されていました。それで、私の知り合いの漆工芸作家さん達や、それぞれ同行させてきた学生達とともに、地元の漆職人さん達との交流親睦会を開いて頂きました。
 会津は水とお米が良く、そのため、美味しい日本酒がたくさんあって、ずいぶん飲むことになりました。職人さん達は酒豪が多くて、私の顔も「赤べこ状態」になり、赤べこの首振り状態のフラフラになったところで、お開きでした。

 「会津・漆の芸術祭」は、2011年も開催されるそうです。いろいろな世代・分野の人々の交流は、会津塗りだけでなく、今後の漆の理解と発展のためにとても大切なことと思います。漆を介した交流がますます広まっていってほしいと感じました。