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1.はじめに |
私は2003~2005年の約2年間、タイのチェンマイ大学美術学部に在籍して、現地の漆文化や周辺国の漆を見聞していたこともあり、チェンマイはとても縁のある場所です。
今回は2010年末〜2011年始に訪れた、チェンマイの漆についてレポートします。
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2.ランナー漆器 |
タイ北部のチェンマイは、13世紀末からランナー王国の王都とされていました。100年程前まで王朝は維持されていたようです。ランナーで作られた漆器のことを「ランナー漆器」といい、素地は竹を編んだり、巻いたりしたものが多いです。下地には粒子の細かな田んぼの土や灰を漆に混ぜたものが塗られます。編んだ竹にざっくり漆を塗っただけのものや、下地、下塗りを施して朱の漆が塗られたものなど、素朴な日用使いの漆器、そしてアンティークで人気があるのが、黒地に赤で蒟醤(キンマ)を施した、華やかな漆器です。モチーフは花や植物が繰り返しの文様になっているものが多く、とてもシックで美しいものです。このスタイルの漆器が現在チェンマイで生産されていないのが残念なところです。蒟醤については、香川編で少し触れましたが、漆を塗った上に刃物で文様を彫り、色漆や顔料を埋めて模様を表現する技法で、語源はタイ語の「キン・マーク」からきています。
漆器をタイ語で「クルアン・クーン」と言いますが、これはチェンマイの城壁の南側に住むタイ・クーン族の民族名からきているといわれます。このタイ・クーン族とはミャンマー北部のチェントゥンにある、クーン川流域に住む民族で、漆器や銀製品を作る為に連れてこられた職人達でした。今でも、城壁の南側には漆器の工房が数件あり、ウアラーイ通りには銀製品の工房、お店が立ち並んでいます。ちなみに蒟醤の技法はタイ・クーン語で「クワット」と呼ぶそうです。
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ランナー漆器。中に入っているのは、銀製のビンロウの実や石灰入れ |
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北タイでは、山岳民族のカレン族やシャン族も漆器を作っています。シャン族の漆塗りのお守りを見つけ、めずらしいので一つ購入しました。中の部分を削ると薬になります。写真のものは薬を使った後のものです。 |
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薬が入っていたシャン族の漆塗りのお守り |
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3.漆器工房 |
チェンマイの城壁の南、ナンタラーム地区にある「プラトゥアン漆工房」を訪ねました。主にお土産用にたくさんの漆器を作っています。訪問した際は竹の素地のものは作っておらず、マンゴーの木で作った蓋物や圧縮材の素地に職人さんが漆を塗っていました。表面に花の模様等を描いたものが、観光地ではお土産としてよく売れるそうです。模様は漆ではなくアクリル塗料で描かれていました。タイを訪問したことがある方なら、一度は目にしたことがあるかもしれませんね。
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漆を塗る職人さん |
漆風呂に入っている漆器 |
絵付けされた完成品 |
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次に、チェンマイの空港近くのスリッピンマウン寺近くにある、「ダン漆工房」を訪ねました。ご主人のダンさんと奥さんのチンダーさんで漆器を作っていますが、ご高齢のため現在は、人気のあるマンゴスチンの実を乾燥させて漆を塗った蓋物のみ制作され、他のものはストックの販売が中心です。以前のダンさんの作品は、竹を巻き上げて作った胎に漆を変わり塗りしたお皿やお鉢が中心で、軽くてとてもモダンなものでした。チェンマイの有名なセラドン青磁と共同開発した、青磁と変わり塗りのコントラストが美しい、陶を胎とした漆器もいくつか制作されています。
ダンさんは50年前に、チェンマイ駅近くの工業省で、日本人のイコマさんという方から漆芸を教わり、ミャンマー産の漆と日本の王冠朱の顔料を使って作品を制作していました。日本の顔料は、数年経つと色合いがさえるとのことです。
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竹を胎にした作品 |
セラドン青磁を胎にした作品 |
左からチンダーさん、ダンさん、筆者 |
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4.チェンマイの漆 |
現在のタイの漆工芸は、大半がミャンマー産の漆を輸入しています。自前で漆の樹液を採取して工芸に使用することは、ほとんどない状況ですが、一部の山岳民族の人々は現在でも、自給自足で漆液を採取して漆器を制作しています。
今回はチェンマイのカレン族の村を尋ねました。
チェンマイ中心部から国道108号線を南下して1099号線に入り、出発してから約3時間後、オムコイ郡に入る手前にカレン族の村、メトム村(Metom)が見えてきました。ドライバーさんが村のまとめ役(村長さんより上の人らしい)、ナンナファットさんに漆器を作っている家はどこか聞いてくれ、訪問することができました。
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木造高床式のカレン族の家 |
ナンナファットさん(中央男性) |
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漆器制作をされているそのお宅では、主にキンマの道具入れ(キンマの葉とビンロウの実、石灰)やカゴ類などを制作されていました。
キンマは、嗜好品のようなもので、噛むとスッとするそうです。都市部では見られなくなりましたが、タイの山岳民族の中にはキンマを嗜む習慣がまだ残っています。村の中でも特に年配の方はキンマを嗜んでいるため、口や口のまわりが赤く染まっていました。 |
漆器制作されているお宅 |
カレン族のキンマ入れ。帯部分はマイルワックと呼ばれる竹 |
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漆器の制作方法ですが、まず、胎を作る竹を加工します。竹をナイフで裂いて、テープ状にします。タイの竹は柔らかく、とても薄く剥ぐことができます。蓋物などは木の型を使って編んでいきます。1つ編むのに小さいもので、大体30分位かかるとのことでした。編み終わった後、表面にタイの紙(サーペーパー)を貼り、2回以上漆を塗ります。刷毛ではなく、布に漆をつけて塗っているとのことでした。また、住居と仕事場は一緒になっており、材料の竹は虫除けの為に、台所の囲炉裏の上で一ヶ月以上いぶします。
ちなみに漆を塗るのは男の人だけだそうで、比較的お年寄りが多いそうです。若者は畑仕事をするとのことでした。 |
竹をナイフで薄く裂く |
竹を編む為の木型 |
竹を囲炉裏でいぶす |
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村の外れにある、漆の樹に案内して頂きました。タイやミャンマーの漆の樹は、日本や中国のものと種類が異なります。タイやミャンマーの漆はブラックツリーという樹から採れ、主成分はチチオールで、日本や中国の漆に比べて、ネバネバしていて、黒っぽい色をしています。日本や中国の漆は主成分がウルシオールです。
訪れたのが乾季(12月)でしたので、漆液は採取していませんでしたが、採取跡が残っていました。採取方法は、160cm位の細長い棒の先に金属の鍵状の刃がついた道具で、樹に「V字」あるいは「I字」に傷をつけて、斜めに切った竹筒を傷の下の方に差し込みます。2週間後に竹筒に溜まった漆液を採取するとのことでした。V字に切り込んだ場合は、I字型に切り込んだときよりもたくさん漆液がでるので、差し込む竹は大きめにするとのことです。 |
漆の樹 |
V字、I字型の漆の掻き跡 |
傷に竹を差し込む |
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漆掻きの道具 |
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もう一軒、漆器を作っているお宅にお邪魔しました。丁度、漆を塗って乾かしているところでした。素朴な塗りの高杯を1つ購入すると、まだ乾いていない、小振りの杯をオマケしてくれました。もちろん、手に漆がつくので袋に入れてくれました。
今日は村の演奏会があるとのことで、この家の方が楽器を演奏してくださいました。
楽器は木で作った大きな筒に漆を塗り、皮を張った太鼓でした。演奏の前に音の出を良くするため、皮の中央の突起部分に蜂の蝋を塗っています。
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作業場内部。漆を乾燥中 |
漆塗りの楽器で演奏 |
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メトム村では、2年前から王室プロジェクトが始まり、漆器や織物などを公的に直接買い取ってもらえているようです。ナンナファットさんは、その王室プロジェクトの担当者でした。
王室プロジェクトとは、1969年から、タイ国王が名誉会長を務める王室プロジェクト財団が行っている活動です。タイ北部に住む山岳民族を主な対象にして、アヘンの原料となるケシ栽培を止めさせて、それに代わる農耕や民芸の復興で山岳民族の生活水準の向上を目的に、民間ボランティアとタイ政府が活動しているプロジェクトです。このプロジェクトのおかげで安定した収入に繋がり、お年寄りにも仕事が増えたそうです。
チェンマイの中心部は私が住んでいた時よりも、交通量が増え、新しいお店もたくさん増えてずいぶん様変わりしていましたが、こうした手仕事文化は変わらず継承していって欲しいですね。
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織物をする女性 |
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今回、チェンマイへ行く前に、ラオスと国境を挟むチェンマイの約200キロ東に位置するナーンに行ってきました。今年はウサギ年ということで、ウサギ年のお寺である、チェーヘーン寺にも参拝しました。タイのプミポン国王もウサギ年ということで、ウサギづくしでナーンとなく、いいことあるかしら?ナーンて。。。 |
チェーヘーン寺 |
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